今回は、政治を軸に台湾を報道したNHKの感覚を批評してみます。

第四回 台湾の政治風土(一)

昨年の十二月、NHKのニュースで台湾の総選挙の話題が報道されていましたので、ご覧になった方もいらっしゃるかと存じます。そのときの日本のニュースでは、「民主化のさらなる進展」「中華人民共和国からの独立か関係改善か」「台湾国内での外省人と本省人との融和」という三つの視点での報道がされていました。第三点目についてはそのとおりで、北部では外省人(1945年以後中国大陸から台湾へ来た主に国民党関係の人たち)の一人馬英九が、本省人(1945年以前から台湾に移住していた人たち)の陳水扁台北現市長を破って、新市長に選ばれたのは確かに、出身よりも政策という新しい時代の感覚からの選択だったかも知れません。が、前の二点について「民主化」「中華人民共和国」という二つの視点からの報道は、こちらで生活している感覚では、台湾の政治面での現在の実像を伝えているとは思えず、いったいどこからこのような視点が出てきたのか非常に疑問を感じました。そこで、今回はまずこの点に限って、お話ししようと思います。
 というのは、民主化という点では、確かに今の中華民国は1980年代始めの戒厳令の解除から急速にいわゆる民主化と自由化が進んで、それだけをみると民主主義の歴史の若い国ですが、現在は、直接普通自由選挙が完全に実施されていて、1995年に大統領を直接選挙によって選出した例にも明らかなように、国政、地方のそれぞれで非常に活発な選挙活動が行なわれ、それに対して軍部や現政府からの何らの圧力もなく、政治的には非常に安定しています。ですから、「民主化」という言葉を聞いたときに連想される、例えば「中華人民共和国」、「カンボジア」、「ミャンマー」というような国とは、かなり様子が違っているのです。ただ勿論、買収などのいわゆる金権政治と選挙違反は日本と同じように多く、金品の授受、飲食の提供などいろいろな形での票の依頼が行なわれています。が、その点では日本も理想的な「民主主義」とはほど遠い状態で、他国のことを評価できる状態ではありません。
 いったいNHKは何を捉えて「民主化のさらなる進展」という視点をわざわざ出しているのでしょうか?アメリカの選挙を報道して「民主化の進展」などとは言わないのですから、こういう言い方には何か特別な意味があるはずです。
 仮に、日本と比較して民主主義の歴史が若いという観点でこう評価しているのだとすると、NHkは大丈夫かと逆に言いたい気になります。それは、まず中華民国はアジアでは珍しい革命から生まれた共和国だからです。
 1911年、孫文などを中心とする改革勢力によって、清朝が打倒され大統領制による中華民国が建国されたのです。その頃の日本は、「大日本帝国」の時代で、大逆事件などでますます中央政府の専制が強まっており、憲法にも「天皇主権」が明記されていて、「民主主義」などといえばそれだけで命が危うかった時代です。その時代に「民族・民権・民生」の三つの原則を立て、現代の民主主義にも影響を与えた孫文の思想は画期的なものであり、かつ、それを実行に移した結果、中華民国が建国されたのです。その点から言えばまず、アジアで民主化を最初に始めたのは、一部の歴史家の間や教科書で何となく思いこまれているように決して日本ではなく、中華民国の方と言うべきでしょう。歴史的に言えば、日本よりも実質的な民主化運動は中国の方がずっと早かったのです。現在、台湾にある中華民国も当然、孫文の三民主義に基づいて動いているのです。
 また、台湾で「公正な選挙」「人権の保証」「法の下の平等」などが実現されているかどうかという点で「民主化」を評価すれば、日本のように法律の名の下に強大な行政府が全てを管理する形で選挙や民生を保証したり保護したりはしていないというのは、本当です。しかし、逆に、では日本ではそれらが保証されているのかといえば、政見さえあれば誰でも議員に立候補して当選できる実質的民主主義がいったい日本にあるのかという疑問や、転職を繰り返すだけで国民の税金から総額で億単位の退職金がもらえるという人達が日本にはたくさんいるがそれは「特権階級」ではないのだろうかというような、いろいろな疑問がわいてきます。そして、もし「順調に政権交代できない国は、民主的でない」という見方をすれば、日本がそれに当てはまらないと誰が言えるでしょうか。
 とにかく、「民主化」という点で言えば、台湾は日本と同じように少なくともアメリカから人権問題でマークされる国ではありません。「民主化運動」と聞くとよく連想される軍隊や警察による思想統制は、共産主義に関わるもの以外はありません。そして、民主主義の一つの指標である報道の自由の保証についても、報道やマスコミに対する規制は、日本と同じように暴力や性関係の表現に限られているようです。こちらのニュースや新聞を見ればすぐわかるように、日本よりはるかに世界各地の動きに敏感で、日本、アメリカ、ヨーロッパなどの主要国のニュースはもちろん、世界各地の生活上の細かなことまでよく流しています。
 さらに、政治上の繋がりから見ると、台湾はアメリカと最も密接な関係にあり、毎月のようにアメリカの議員や政府関係者が台湾を訪問しています。そのためか、実質的に実行されているかどうかは別として、法律や政策などはかなりアメリカの影響を受けているようです。一例として、禁煙関係の法律はアメリカ並に厳しく、公共の場所で喫煙すると一万円ぐらいの罰金刑になります。もちろん空港やホテルでは一部の喫煙室以外全く喫煙できません。
 結局、カンボジアのように軍事衝突が国内で発生したりする不安定な国と同列の感覚で台湾に対して「民主化」云々という話をしているのだとすると、その報道感覚は全く的外れで、理解に苦しみます。逆に、今回のことから、皮肉な見方をすると、「日本は既に完全な民主主義国でアジアの手本だ」とでも日本人に暗黙の内に宣伝したいために、NHKはアジアの他の「新興先進国」(台湾の人々は台湾を日本と同列の新しい「先進国」の一つと考えているのです)について「民主化の進展」という話をわざわざしているのではないかという気さえしてきます。

 さて、次に第二の「中華人民共和国(台湾ではこの国のことをただ「大陸」とか「北平」のように言っています。両国の関係は「両岸関係」といって、絶対にこの国のことを中国とはいいません)との関係」についてですが、今回の選挙では「独立」というような争点は全く出ず、台湾のほとんどの人々は「今は触れる必要がなく、次の段階になるまでそのまま放置しておけばいい」と考えていると思われます。
 何事に付け台湾の人々は、非常にバランス感覚のいい選択をします。例えば、海外投資先もアジアでは中国大陸と同時に、インドネシア、フィリピン、ベトナムなどへも同時に進出して、危険はいつも分散させています。日本の銀行などが、インドネシア一国に投資を集中させてしまったために今苦境に陥っているのは明らかで、日本人の投資感覚がどこかに偏る傾向があるのにたいして、台湾の人々は、いろいろ分散させておくのが当たり前だと考えています。ですから、香港の問題で苦しんでいる大陸に今また、波風を立てるのは得策でないという考えで、選挙前に対話再開路線を一応告げて、関係改善のアピールをしました。
 また、理想(建前)のために必要のない争いをしないというのも台湾の人々の知恵で、少なくとも「独立するか」どうかというような話は、今の段階では原則論としての理想(建前)に過ぎず、何ら実質のあるものではありません。この問題は台湾の人々にとって言ってみれば、「火星に植民できるか」というような話題と同じレベルでの問題だということです。不可能ではないが道は非常に遠く、山積する問題を解決するのは容易ではないことを肝に銘じた上で、話しているのです。この問題に対する人々の感覚をよく表わしているのは、四年ほど前に、李登輝大統領の外交拡大政策に対して中国大陸から報復のミサイル演習が行なわれて緊張した事件でした。その時は、報復されたからと言って早く独立しなければというような話しもなく、それに対して激烈な反大陸感情が巻き起こることもなく、逆に万一のため危険を分散するために、カナダなどの市民権を獲得しようという人が増えただけのことです。台湾政府は表面では何もしませんでした。昨年の北朝鮮によるミサイル事件に対して日本政府が取った対応や反応とは全く正反対です。
 この問題に対しては、非常に冷静で実際的な判断をしている台湾の外交感覚を日本がとやかく批評できるほど、沖縄の基地問題すら全く解決できない日本の外交感覚が優れているとは全く思えません。先ほどと同じように、皮肉な見方をすると、「日本はアジアで何らかの軍事に関わる動きをしたいので、とにかくその一つの火種−中台関係−は緊張していなければならない」と逆に言いたいために、NHKはわざわざ争点になってもいない「大陸関係」という話を出しているのではないだろうかという気がしてきます。
 ということで、私も日本に住んでいたときは全く思ってもいなかったのですが、マスコミが使っている表現はよく考えてみると、逆に事実を覆い隠したり、実際とは違う状況判断を人にさせてしまうことがあるようで、「事実」といっても、それ自体判定は難しいものです。ただ、誤解のないように断わっておきますが、私は今回のNHKの報道に隠された意図があったと言いたいのではなく、日本人の中では「エリート知識階級」とも言えるNHK記者による、事実と照応していない今回の選挙報道を考えると、そこに日本人が持っている一種の共同幻想が背後に見え隠れしていないかということを言いたかっただけです。そして、その共同幻想は、私の経験に照らしてみれば、特にアジアに対する感覚と展望についてかなり歪んでいてバランスを欠いているように思われるのです。

第四回終わり

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