読書の道標

2009年01月03日

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書評
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書名

興味深い点

発展できそうなテーマ

   
『新しい中世』日本経済新聞社文庫
2003
 田中明彦著 (2007年掲載)
 共に二十世紀の後半をリードしてきた日本と台湾の今後には、楽観できない多くの困難が感じられます。が、両国共に新しい力が生まれようとしている息吹も見えてきました。2005年の小泉政権の逆転勝利は、そうした希望をまだ棄てていはいけないことを象徴するできごとだったと思います。ベストではないが、ゼロではない私たちは、長い間、100点を当然としてきました。しかし、グローバル化という国家破壊と民族・固有文化崩壊が進んでいる今、実は、100点の基準はどこにあるのか、むしろ、基準はどうとでも作れるものではないかということを、こうした世界の状況が教えているように思います。
 こうした時代を新しい中世期の始まりと呼ぶのは、おそらく100年後、もし私たちの子孫が歴史を評価することができるほどの文明を保っていれば、初めて言えることかもしれませんが、日本で言えば平安朝崩壊の後、朝廷と幕府という二重権力が日本を支配した時代であり、ヨーロッパで言えば、ローマ帝国崩壊後、長い間混沌とした統合と分裂状態を続けていた中から次第にローマ教皇、神聖ローマ帝国皇帝そして各国の王と領主に自治市民たちという中世的な権力構造が姿を現した時代と似ているのではないでしょうか。
 その意味で、私たちは黄昏の時代を生きていると同時に、黎明の時代をも目の当たりにしていることになります。私の仮定が正しければ、黎明の時代である新しい中世を生きるものは中世的であり、"AAでもあり、同時に、BでもCでもある"ことに気がつくものに開かれるということになります。近代国家は人種と民族に縛られた国家であり、極端に言えば民族の純血というような血統の神話に生きていました。しかし、新しい中世国家は、"AA でもあり、同時に、BでもCでもある"市民が生きる世界です。
 台湾に移民したことで私には、台湾という場に生きる日本人である私という、"AAでもあり、同時に、BでもCでもある"ことが否応なく現実として立ち現れてきました。そして、同時に、そうした境界にあるもの異類に属するもの””まともな市民ではないものとして、生きる場を与えてくれる力を台湾が持っていたことに気がつきました。
 一方、黄昏の時代は困難であるからこそ、乗り越える勇気と歩み続ける力強さが生まれるとも言えます。旧弊を破ることを恐れず、欧米諸国や中国大陸のような「強者の論理」「統合の論理」を鏡として憧れを持つことも、恐れを抱くこともなく、等身大の「自己の論理」「異化の論理」に帰ることこそ、両国の今後を開拓する道ではないでしょうか。
 私が21世紀の社会を新しい中世と名づけられると思ったのは911事件の後でした。この本が出たのは10年前ですが冷戦終了後間もない時期にグローバル化の行方を予想したこの本は日本では先駆的な業績と言えるでしょう。21世紀になって、国家の崩壊は現実のものになりつつあります。
①新しい文化論

②異文化コミュニケーション

③マージナル・境界・越境

④境界的存在としての台湾

   
『小説の言葉』平凡社1996 ミハイル・バフチン(2007年掲載)

第1章(2007.06.02/06.30):バフチンはロシアフォルマリスム批判という形でソシュール批判を
展開し、ソシュールが問題にしなかったパロールを対象として自分の言語観(対話性、多言語性)
を述べている。バフチンが対象としようとした小説的言語は、現代では文章論あるいは様々な談話
研究や社会言語学の研究の中で、対象とされている。先駆的な着眼と言える。

①レトリックの復権
②表現における客観と主観
   
変貌する言語教育
多言語・多文化社会のリテラシーズとは何か
』2008 佐々木倫子 細川英雄他編
(2009.01.03)
台湾日本語文学会で2008年12月の研究大会にご講演をお願いした細川秀雄先生が最近提案なさってい
る多言語・多文化社会リテラシー(運用力)に関する各論者の論文を集めている。私が30年前日本で
受けた言語教育は、翻訳式言語教育でコミュニケーションを重視し、さらに多言語の共生を主軸にし
ようとしている現在の言語教育では、すでに不十分な教授法である。文化についても同じで、社会的
文化的現象を教える内容とした従来の日本事情ではない、アプローチが求められるようになっている。

 

多文化共生    
『漫画研究への扉』2005 日下 翠編著 (2009.01.03) 台湾日本語文学会で2008年12月の研究大会にご講演をお願いした因京子先生が最近研究テーマとしている漫画の語用論的研究が紹介されている。台湾でも日本の漫画の翻訳は非常に盛んで、日本語学習者の裾野を広げている。グローバル化の影響は実は、今までサブカルチャーとして扱われ、ほとんど研究されてこなかった分野で顕著であり、日本の文化的生産性はそうした方面では世界でもトップクラスの影響力を持っている。
台湾に来て私が最初に気づいたのはこの点だった。一面では朝日新聞と岩波書店およびそれに加担する大学人が代表しているような、19世紀の遺産である「学術至上主義・マルキシズム的良心至上主義」は21世紀の現在、多くの市民から現在の自身の文化を奪い取り、自分自身を見失わせる呪詛となっている。新しい中世はこうした旧社会を超えて、すでに市民の中で始まっている。
文化の現在    

 

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